寒い日とあたたかい日が交互にきます。 |
光は、もう春。わざとコート着ずに外出先からふるえながら帰ると、末娘が宮沢賢治の詩の一文を口ずさみながら皿洗いをしていました。 |
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「宮沢賢治_永訣の朝 ※トシを看取った時の詩」 |
けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ |
(あめゆじゆとてちてけんじや)※あめゆきとつてきてください |
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜(じゅんさい)のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
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(Ora Orade Shitori egumo)※あたしはあたしでひとりいきます |
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あぁあのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
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「その詩、お母さんも好きだった。あめゆじゅとてちてけんじや、とつぶやくだけで胸がせつない。兄弟姉妹って美しい。愛することは祈ることと一つなのよね」と私が言うと、末娘は皿洗いの手を休ませてうんうんうなづきました。 |
次に休みがとれたなら「どこかで春が」の歌を歌いながら、末娘と散歩をいたしましょうか。 |
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「どこかで春が」百田宗治作詞・草川信作曲 |
どこかで「春」が 生まれてる
どこかで水が 流れ出す
どこかで雲雀(ひばり)が 啼(な)いている
どこかで芽(め)の出る 音がする
山の三月(さんがつ) 東風(こち)吹いて
どこかで「春」が うまれてる
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平成18年2月26日 山谷えり子 |