家から歩いて30分ほどのところにあるおいしいお豆腐屋さん店じまいになりました。2年前娘と息子が、2年前に豆腐屋の前で迷子になった子供をお母さんが来るまでなぐさめていたところ、店から出てきたおじさんが店の白玉団子をふるまってくれ“いいことをしたね”と、お豆腐をおみやげにくれたことから、わが家では“世界一おいしいお豆腐”と、食卓の定番になったのです。 |
ふるさとの伊豆で、ゆっくりと高校生になるわが子と過ごしたいと、東京の店を閉める決心をしたというので、閉店の日、できるだけたくさんのお豆腐を買い込みました。娘も息子もおしゃべりに行きました。特に息子は店で2時間にわたり座りこんで、こんな話をしたといいます。 |
“お豆腐の作り方教えてほしいな”“そう簡単には教えられないよ”“子供との時間を増やすのはいいことだと思うな”“うん、不景気だから閉店するのかという大人がいるけど、そうじゃないことよくわかってくれたね”“おじさんの生活スタイル、商売の哲学、話の味わいなどから理解できるよ。おいしいお豆腐が食べられなくなるのは悲しいけれど”“これからいい女の子とつき合うんだよ”“うんうん”“はちみつみたいな女の子がいいと思うよ”“そうだね。唐辛子みたいな女の子じゃ大変だものね。フライパンで炒めたらパチパチ種が飛んで痛いような女の子じゃつらいよね”“そうそう、はちみつは、あっためるといい匂いがする。焦げる直前がとりわけいい匂いだよ”“ああ…” |
息子はおじさんとこんな会話を交わしたといいます。最後におじさんは大切にしていたスイス製のナイフを息子に贈り、ナイフでハムの切り方を教えてくれ、作詞作曲をしている息子に“いい曲ができたら送ってほしい”と住所を書いてくれたといいます。家でナイフでハムを切るマネを私に見せながら息子は笑いました。私は“クリントイーストウッドの映画のシーンみたいね”と言うと“そうそう僕もクリントイーストウッドみたいだとおじさんに言ったんだ。おじさんは、そう、クリントイーストウッドだと笑ったよ。今度いつ会えるのかなあ、淋しいなあ”と言いました。 |
私は息子の会話を聞きながら、お豆腐屋のおじさんに感謝しました。“はちみつのような女の子がいいよ”亡くなった夫のかわりに、父親代わりとして言ってくださったようにも思えておかしくなりました。 |
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平成17年11月26日 山谷えり子 |