メッセージ(バックナンバー)

 娘が作ってくれた担々麺を食べていると、長男がつぶやきました。「電車に乗っていると“熟年離婚、夫婦の危機、それは定年の日から始まった”っていうポスターがはってあるんだ。テレビドラマらしいんだけど、あのポスター早くはずしてくれないかなァ」「ふうん、どうして?」「だって、離婚する女が勇気があってカッコイイみたいなイメージで作られているんだよ。幼稚園の時に父親に死なれた友達とポスターをみて、“いやな感じ”と話が合ったよ」「そうねぇ、人間ってワガママでゼイタクだから。母さんも父さんを亡くして、夫婦の深い意味がわかったから、父親を亡くした子には、離婚をすすめる軽薄さがわかるし、傷つくのかもしれないわね。でも、夫婦の意味や親であり続けることの尊さが、結婚前から理解できるようになったことは父を亡くした子の特権。有難い幸せと思わなくちゃね」「それで友達と巨人の桑田はカッコイイという話になったんだ」「どうして話がそういう展開になるの?」「桑田はこの夏調子が悪くて。でも二軍におちてもいい。愛する巨人でボロボロになるまでやる。引退しろとマスコミにボロクソに書かれてもやる。愛するものと共にいるためにボロボロになっても守り戦う。生き方が胸をうつよ」…踏ん張って、何かを守るために戦う…。
 そういえばノルウェーの作家イプセンの小説に「人形の家」というのがあります。平凡で幸せな主婦が、カゴの鳥のような生活を捨て、夫を捨て家を出るお話。でも彼女は家を出たあとどうなったのかしらとふと思いました。「人形の家」から130年、日本の「熟年離婚」はどうなるのでしょう。老夫婦になれない私は、なろうことなら多くの人が老夫婦であることをお楽しみいただきたいと思うのです。
 そんな話をしている時、窓から金木犀の香りがしてきました。11年前、この住宅街に引っ越してきた時は、今の季節。金木犀の豊かな香りに魂が奪われそうでした。さっそく3人の子どもたちを連れて、ご近所を回りました。「谷川さんの家の前に金木犀、原田さんの後の庭に金木犀、坂田さんの家の前にも金木犀…」こうしてご近所金木犀地図を作りあげたのです。引っ越してきたばかりの街が、急に親しいものに感じられましたっけ。
 それから数日後、夕食の支度をしているとチャイムが鳴りました。「近所の原田ですが、お宅の息子さんが学校帰りに“金木犀がいい香り”と声をかけてくれたんです。今時の子どもにしちゃあ珍しい。うれしくなって畑の大根抜いてきました」原田さんが見事な大根を届けてくださったのです。さっそく切って大根のおみおつけを作りました。「甘い匂い金木犀、金色のじゅうたんが光る、光る。金色じゅうたんを踏んで踏んで。金木犀の匂いを運ぶ郵便屋さんは秋の風」当時の11才の息子は、歌うように言いましたっけ。“金木犀の匂いを運ぶ郵便屋さんは秋の風”子どもは詩人、どの子も詩人と、私はさっそくノートに書き記したのでした。
 あれから時は移り、息子は大学4年生。
 郵便屋さんの秋の風が、体を包み、魂を金色に染めあげてくれます。

平成17年10月16日 山谷えり子

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