メッセージ(バックナンバー)

 赤道直下のマレーシアから帰国しました。
 東南アジア青年の船に乗り、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、日本の11カ国の若者320人と交流してきました。
 「アジアは世界の活力の源。特に若い人たちの肩には世界の未来がかかっています。相互交流し充実した43日間の共同生活を楽しんで下さい…」と、私が小泉総理のメッセージを読みあげたあとのパーティーでは、次々と私に自己紹介をしながら、自分自身と国の未来に対する希望を語る各国の若者に囲まれました。
 手を合わせお辞儀する姿に、宗教性の強いアジアの文化を感じます。青年たちは船内で議論し、停泊地ではホームステイに出かけ、アジアの国々のことを学んでいきます。1974年から始まり、今年で32回目のプログラムでは、多くの若者が育ち、アジア各国の大使も参加されていました。若い時に参加して、その後官僚や国会議員になった方もおられ、その方たちから思い出話を聞くのも興味深いことでした。
 約450メートルというツインビルとしては世界一のビルのあるクアラルンプールでは、日本人会のメンバー何人かとお会いしました。
 このところマレーシア政府は日本の長期滞在者歓迎改革をしているため退職後の皆さんなど300人ほどの方々がマレーシアに「マイ・セカンドホーム」をお持ちです。日本人会には企業の方々など含めて5000人ほどが参加し、50以上の活動をしておいででした。約450万円の5年定期をすれば、長期滞在ができ、治安も良く食材も豊かで生活費が日本の3分の1ということで、企業で働いて、ここに退職後もどってこられる方もおられました。子どもたちにホームステイさせたり、出産準備教室をしたり、文化、スポーツ関係以外でも、互いに育み合う姿勢が感じられました。また、唐ゆきさんやこの地で亡くなられた陸軍の兵の方、部隊の慰霊塔などは日本人墓地にていねいに埋葬慰霊されていました。
 お墓は600人ほどの埋葬があり、300人ほどが戦前戦中に亡くなられた方、200人ほどが唐ゆきさんで、管理費不足は、日本人会の方々が寄附をなさったりし、美しいブーゲンビリアの花の中で眠られておられる姿に胸があつくなりました。1980年からはクアラルンプール日本人学校生徒による墓地清掃が開始され、これが一つの契機となって、マレーシアの日本人社会に日本人墓地のことが少しずつ理解され認識されるようになってきたとのことです。
 今年の9月18日には立派な慰霊塔落慶法要が施工され、まさに日本人会はゆかごから墓場まで大切にする会で、私も赤ちゃんの姿を見、お墓まいりをしながら日本とマレーシアの相互交流の発展を祈りました。
 来月には、小泉総理、麻生外相、二階経産相が東アジアサミットのためにクアラルンプールを訪ねられます。東アジア政策FTA問題そして私が体験し、感じたこともご報告し、お役に立ちたいと思います。

平成17年11月11日 山谷えり子

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