メッセージ(バックナンバー)
 徳島県に入りました。女性の皆さま、神社関係者、専門学校関係者とお話いたしました。
 阿波国総鎮守忌部神社にお参り。天照大神が天の岩戸にお隠れになった時、白和幣をつくられて天の岩戸開きに力をつくし祈られたという天日鷲命がご祭神。那須与一が弓矢を奉納したことも伝えられています。まだまだ夏の日射しのような徳島、眉山と海野きらめきを胸いっぱい吸いました。
 徳島には「武士の情」日独友好親善の碑がありました。
 第一次大戦でわが国は英国からの要請をうけて独の植民地であった山東半島の青島を攻め、その時、敗れたドイツ軍将兵が捕虜として国内十数か所に収容されることになり、四国では松山、丸亀、徳島に収容所が大戦終了までの2年9か月設けられます。
 この頃の徳島の収容所長は会津人。
 「私は戊辰戦争で戦った会津藩士の子として捕虜というものが、どんなに悲しいものか知っている。“武士の情”を根幹として捕虜をとり扱いたい」とドイツ人捕虜に接したといいます。
 「明日への選択」9月号に、たまたまこの時の生活が載っていました。図書室やボーリング場をつくり、趣味の展覧会や日本初演のベートーベン交響曲の演奏なども行われたそうです。
 大正時代のことですが、今も「武士の情」とこのお話が伝わっていることに感動します。
 そうそう私たちの子供の頃はケンカしても勝ったほうは“武士の情”と言ったもの。今やそんな言葉は死語かもしれませんが…。

平成21年9月3日 山谷えり子

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